「みんなが使えるように」
「すべての子どもたちに」
「誰もが参加できる社会へ」
私たちは、よく「みんな」という言葉を使います。
でも、ときどき思います。
その「みんな」の外側に、誰かいないだろうか。
見えなくなっている選択肢。
誰かが諦めたこと。
家族や先生が引き受けている負担。
「仕方がない」とされてきた不便。
制度があるのに、届いていない人。
そこにはまだ見えていないものがあります。
それは本当に、その人の「できない」なのか。
それとも、仕組みや環境を変えれば、選べることなのか。
だから、見に行きます