高槻市議会議員
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政治家を志すきっかけ
私の「当たり前」を変えた、娘との暮らし
私は、最初から政治家を目指していたわけではありません。
大学を卒業して、JALの客室乗務員になりました。
国内線、国際線に乗務し、その後は会社を立ち上げ、人材育成や研修の仕事をしていました。
仕事も好きでした。


自分で考えて、自分で仕事をつくる。
いろいろな人に会い、話を聞き、伝える。
政治とは、まったく違う世界にいました。
そんな私の「当たり前」を大きく変えたのが、娘の誕生でした。
娘は、目が見えません
2014年、娘が生まれました。
生まれつきの目の病気で、全盲です。

それが分かったとき、私は不安でいっぱいでした。
目が見えなかったら、どうやって歩くんだろう。
どうやって勉強するんだろう。
どうやって友達と遊ぶんだろう。
将来、仕事はできるんだろうか。
「見えない」ということから、私はたくさんの「できない」を想像していました。
でも、娘と暮らしていくうちに、その「できない」は、何度もひっくり返されていきました。
見えなくても、できることはたくさんある。
見えないからこそ、別の方法で分かることもある。
できないと思っていたのは娘ではなく、私の方だったのかもしれない。
私が勝手に、
「見えないなら、これは難しいだろう」
と決めていた。
娘との暮らしは、私自身が持っていた「当たり前」を、一つずつ壊していきました。
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しかし、娘と向き合う日々の中で、私は大切なことに気づきます。
「本当に、できないんだろうか?」
娘が少しずつ社会と関わるようになると、今度は別のことが気になり始めました。
本人はやってみたい。
工夫すればできるかもしれない。
必要な支援があれば参加できるかもしれない。
それでも、
「障害があるから難しい」
「安全のために」
「これまでやったことがないから」
そんな理由で、本人がやってみる前から選択肢がなくなることがある。
そこで、私の中に一つの「?」が生まれました。

本人にできないことなのか。
それとも、社会の側が「できない」と決めているのか。
これは、障害のある人だけの話ではないと思うようになりました。
子どもだから。
高齢だから。
外国人だから。
前例がないから。
制度の対象ではないから。
私たちは知らないうちに、誰かのことを「こういう人」と決め、その人の選択肢まで決めてしまうことがあります。
でも、その人に何ができて、何が難しくて、何が必要なのか。
本当は、本人に聞いてみなければ分かりません。
あなたのことを、私が勝手に決めない。
娘との暮らしから私が学んだ、大切なことの一つです。

でも、「頑張ればできる」で終わらせたくない
一方で、もう一つ気づいたことがあります。
「工夫すればできる」
「周りがサポートすればできる」
それだけでは、十分ではないということです。
本人がものすごく頑張る。
家族が頑張る。
先生が頑張る。
支援する人が頑張る。
誰か一人が無理をすることで、ようやく「できている」。
それを、本当に「できている」と言っていいのだろうか。
頑張ればできていることと、
仕組みとして成立していることは違う。
必要な人員がいること。
必要な情報が届くこと。
必要な支援につながれること。
誰か特別な人の善意や努力がなくても、当たり前に選択できること。
そこまでつくらなければ、同じように困る人が現れるたびに、また誰かが一から頑張らなければなりません。
個人の頑張りだけでは変えられないものがある。
変えなければならないのは、人ではなく、仕組みの側なのではないか。
そう考えるようになりました。
見えなかったものが、見えるようになった
それまでの私は、制度や福祉について詳しかったわけではありません。
困った経験がなければ、そこに問題があることさえ気づかなかったと思います。
でも、自分が当事者の家族になって初めて見えたものがありました。
制度はある。
でも、使うための条件が厳しい。
相談窓口はある。
でも、どこに相談すればいいのか分からない。
「選べます」と言われる。
でも、実際には選べない。
困っている人がいないのではなく、見えなくなっているだけなのかもしれない。
だったら、見に行こう。
本人に聞こう。
現場を確かめよう。
「そういう制度です」と言われたら、本当にそうなのか調べよう。
ここから、今の私につながる姿勢が生まれました。
個人では変えられないものを、仕組みから変える
仕事を通じて伝えることもできる。
研修を通じて、誰かの意識を変えることもできる。
それには大きな意味があると思っています。
でも、社会の仕組みそのものは、それだけでは変わらないことがある。
制度をつくること。
予算をつけること。
行政の運用を変えること。
「これまでこうだったから」を問い直すこと。
個人の努力だけでは動かせないものを、仕組みから変える。
そのために、私は政治の道を選びました。
2023年、高槻市議会議員に初当選しました。
あの頃の「?」を、今も問い続けています
議員になってから、不登校、学童保育、障害福祉、インクルーシブ教育、子育てなど、さまざまなテーマを議会で取り上げてきました。
テーマは違っても、私が見ているところは同じです。
あの頃、娘との暮らしの中で生まれた「?」は、今も変わっていません。
大切なのは、その人がやってみる前から、周りが勝手に選択肢を消さないこと。
そして、その選択肢を実現するために、誰か一人だけに頑張らせないこと。
「できない」と
「最初から選ばせない」を、一緒にしない。
いろいろな人がいることを、後から「配慮」するのではなく、最初から前提にする。
最初から、「みんな」の中に。
そのために私は、これからも前提を疑い、
現場で確かめ、議会で問い続けます。
→ 議会で問い続けていることこちら